50代、古い固定概念を手放した日。不器用な私が「ゼロから始める生き方」

🌿 自由な生活

介護の現場から離れ、やっと見つけた心の自由

令和5年4月30日。私は長年勤めた仕事を辞めました。

介護という分野は、世間が想像している以上に慢性的な人手不足が続いています。高い理想を掲げ、社会のために高尚な取り組みをしようとすればするほど、現場の職員は自身の身を犠牲にしながら働かざるを得ないのが現状です。「医者の不養生」という言葉がありますが、まさにその風潮が現場にも蔓延しており、ただただ身を粉にして働き続けている人が少なくありません。

誰かの優しさや善意につけ込むような理不尽な状況に直面することもあり、現場は時に混沌としていました。そんな環境のなかで期限を決めて働いていた時は本当に満身創痍でしたが、有休消化も終わり、紙面での手続きを終え、私を縛るものは何もなくなりました。

退職した今、心から「やっと解放された」と感じています。もっと細かく表現するならば、長年引きずっていた重い足かせがストンと外れたような感覚です。

どちらにしても、この退職を通じて、自分自身のなかにあった「こうあるべき」という古い固定概念とさよならすることができた。それこそが、私にとって一番の収穫だったのかもしれません。

「人生を楽しむ」という、忘れていた宿題

「これからは、まずは人生を楽しんでみよう」

そう口にしてみるものの、悲しいかな、これまでの私はその「楽しみ方」すら分からなくなっていました。本当に仕事漬けの人生を送ってきたため、自分が心から楽しいと思えることや、自分のためだけに時間を使うことを後回しにし続けてきたのです。今振り返ると、「なんて、もったいない時間を過ごしてきたのだろう」としみじみ感じます。

50歳という大きな節目を目前にし、これから先は「自分が本当にやりたいことをやる!」と決意したとき、いかに自分で自分を厳しく縛り付けていたかが浮き彫りになりました。

気づいたからには、今度こそ変わらなければいけない。しかし、「変わらなければ」と強く思いすぎることもまた、自分を縛り付ける新たな暗示になってしまうかもしれません。文章を書きながら、ふとそんな風に思いました。

これからはそんなに肩に力を入れず、やりたいと思ったことをもっと気楽に、軽やかにやってみたらいい。画面に向かいながら、自分自身にそう語りかけています。

叩いた石橋の数知れず。不器用な生き方への区切り

「自分が本当にやりたいこと」をぼんやりと考えてみたとき、真っ先に頭に浮かんだのは「家の片づけ」でした。

一時期、世間では『断捨離』という言葉が大流行しましたが、私は形あるものをすぐさまゴミ箱に捨てることができません。フリマアプリに出品したり、地域の譲り合いサービスを活用したり、あるいはアップサイクル(素材の持ち味を活かした再利用)をしたり。ときには廃材を使ってアート制作を試みながら、ものの命を最後まで使い切ろうとする習性があります。

だからこそ、なかなか片付けが進まないという悩みもあります。部屋をすっきりさせたい気持ちはあるものの、自分の創作工房を作る一歩手前でいつも立ち止まっていました。

「とにかく、自分のための時間が欲しい」 そう強く願ったからこそ、私は正職員という安定した立場を手放しました。何年もの間、頭の片隅で朧げに描いていた「やりたいこと」は決まっていたのに、日々の業務に追われ、それを実行に移すだけの余力が残されていなかったのです。

これまでの人生、ありとあらゆる方向から考えを巡らせ、叩いてきた石橋の数は知れません。この慎重すぎる性格は、時に私の決断を鈍らせ、行動を制限してきました。

けれど今回、ようやく自分の生き方にひとつの区切りをつけることができました。長い長いトンネルを、這いつくばるようにしてやっと抜け出したのです。「なんとまぁ、不器用な生き方なんだろう」と思われるかもしれません。けれど、それだけクソ真面目に、誠実に生きてきた証拠でもあります。だからこそ、これからは誰からも指図されず、自分の思うように生きたいと強く願うようになりました。

震災の記憶と、自分の手で「豊かさ」を創り出す意味

私の価値観が大きく変わった原点には、あの東日本大震災の記憶があります。職場のテレビで、家々が流されていく映像を見たときの衝撃は、今も忘れることができません。人間がどんなに抗っても、自然の圧倒的な力には勝てない。人間の無力さを痛感し、呆然と立ち尽くしていました。

あの震災以降、私は「一日一日を大切に過ごさなければならない」と強く感じるようになりました。それと同時に、形あるものに対して「無駄なものは一つもない」と思うようになったんです。当たり前のように消費される世の中で、限りある資源や目の前にあるものを、いかにして自分の手で大切に扱っていくか。それをじっくりと考えるようになりました。

このブログは、『創造は人生を育てる』をテーマに、お金をかけず自分の手で豊かに生きることを実践し、その記録を残していくために立ち上げたものです。

既製品を買い足すのではなく、今あるものを工夫して最後まで使い切る。そんな不器用だけれど愛おしい日々の営みを、一つひとつの文字で丁寧につづっていきたいと考えています。いつか、同じような想いを持つ誰かが読んで、共感してくれるかもしれない、そんなささやかな願いを込めて。

ゼロから始めるウェブの世界ですが、自分の内に秘めた思いやアイデアを形に変えられるよう、日々の変化を楽しみながら、イメージしたことには何でも挑戦していくつもりです。

結びに代えて。感性を研ぎ澄ましてチャンスを掴む

「やりたいことを、やりたいようにやる」というのは、大人になればなるほど、実はとても難しいことです。理想と現実の狭間で、常にベストな選択肢を探し続けることは、決して容易ではありません。

けれど、ほんの少し視点を変えるだけで、目の前に広がる景色はガラリと変わり、思いもよらなかった新たな可能性に気づけることがあります。お金をかけなくても、自分のアイデアと手仕事次第で、暮らしはいくらでも彩り豊かにしていけるはずです。

いつ、どこに転がっているか分からないその小さなチャンスの種を、見逃さずにパッとキャッチできるよう、これからは心と体のフットワークを軽くし、感性を磨き続けていきたいと思います。50代からのリスタート、不器用な私の挑戦はまだ始まったばかりです。




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