令和5年4月30日。
仕事を辞めました。
介護分野は世間が思っている以上に慢性的な人手不足です。高い理想を掲げ高尚な取り組みをしようとすればするほど、職員は自身の身を犠牲にしながら働かないといけません。医者の不養生という言葉がありますがその風潮も職員に伝播し、ただただ身を粉にして働いている方も少なくありません。その優しさの上で胡坐をかき障害を盾に暴言を吐き続けるパワハラ高齢者、善意に漬け込み女性職員の体を触るセクハラ高齢者・・・。もう本当にカオスです。
そういう理不尽な状況下の中で働いてきましたが、改善される様子も見込みも見られなかった為早々に退職させて頂きました。
本当に、やっと解放された気持ちです。
もっと細かく言うなら、足かせが取れた感じとでも言いましょうか。
どちらにしても、
自分自身の中にある古い固定概念
と「さよなら」することができた。
それが一番の収穫かもしれません。
目次
まずは人生を楽しんでみよう
「まずは人生を楽しんでみよう」なんて・・・。
宣言せずに楽しめばいいと思うんですよね。
でも、悲しいかな、楽しみ方がわからない。(′д` )・・・トホホ
本当に仕事漬けの人生で、自分が心から楽しいと思えることをしてこなかった。
なんてもったいない人生を送ってきたんだろう・・・。
50歳を目前にし、これから先は「自分がやりたいことをやる!」と決めた時、いかに自分で自分を縛り付けていたかがわかりました。
気づいたからには変わらないといけない。
しかし、この考え方もまた自信を縛り付ける暗示になりうる。
もう、ほんとに・・・、そんなに肩に力を入れずに、やりたいことを気楽にやってみたらいいんじゃないかと文章を書きながらそう思っています。(ˉ▽ˉ;)…ハハハ
叩いた石橋の数知れず・・・
やりたいことをぼんやり考えてみると、やはり家の片づけが一番に浮かびました。
一時期『断捨離』という言葉が流行りましたが、私は物をすぐさま捨てません。フリマやフリマアプリ、ジモティー等で販売したり、アップサイクルをしたり、廃材を使ってアート制作をしたりしながら形あるものを最後まで使い切ろうとする習性があります。だからなかなか片付かない。でも、お部屋をすっきりさせたい気持ちもある。工房を作ればいいんですがそこまでたどり着かない。もう本当にとにかく時間が欲しい。そう思って正職員という仕事を辞めたんですよね。何年もの間、朧気ではあったけどもやりたいことは決まってた。でも、実行する程の余力がなかった。
そして、ありとあらゆる方向から考えを巡らせ、叩いた石橋の数知れず・・・。
この思慮深さは、時に決断を鈍らせ行動を制限しました。
でも、今回自分の考えに区切りをつけることができたんです。
これは私にとって大きな進歩でした。
長い長いトンネルを這いつくばってやっと抜けたんです。
「なんとまぁ・・・不器用な生き方やなぁ・・・。」と、思われるかもしれませんが、
それだけクソ真面目に生きてきた。
だからこそ、誰からも指図されずに、自分の思うように生きたいと強く思うようになったのかもしれません。
50代をどう生きる?
東日本大震災が起きた時、私は職場のTVで家が基礎ごと流される映像を見ました。
人間がどんなに頑張っても自然には勝てない・・・。
そして、人間の無力さを改めて痛感し、流れる映像を見ながら呆然と立ち尽くしていたのを記憶しています。
震災以降、一日一日を大切に過ごさないといけないと強く感じるようになり、形あるものに対しても無駄なものは一つもないと思うようになりました。そして、限りある資源をいかにして大切に扱うか、じっくりと考えるようになりました。
このブログも、自分自身でSDGsを咀嚼し、できる限りのことをやってみようと考えて立ち上げたものです。趣旨が大幅にずれないように、自身の発言を振り返りながら言葉を丁寧につづりたい。
いつか誰かが読んでくれるかもしれない、そんな思いを込めて書いています。
0から始めるweb人生ですが、自分の思いを形に変えられるよう日々楽しみながら、そして、自分がイメージしたことをなんでも挑戦してみようと思います。
おわりに
「やりたいことをやる」ってなかなかできないことですよね。
理想と現実の間でベストな道を選択する。
そうたやすい事ではありません。
でも、視点を変えると見える景色が変わり新たな可能性に気づけるかもしれない。
いつどこに転がっているかわからないそのチャンスを、素早くキャッチするために足腰と感性を鍛えようと思います。